Buildimgs
ビジネス応援マガジン

Oct.1998
No.2
創刊2号
株式会社ビルディング企画

掲載記事から
取材・文/三浦えつ子  写真/野沢廣
P19〜P21

Buildimgs

「自分の仕事」を全国ブランドにした男

居酒屋「糸力」店主 宮下雄治居酒屋「糸力」店主
宮下雄治

Build UP INTERVIEW今年2月、「通販生活」誌で同誌が商品化したレトルトカレーについて大論争を展開していた。
何を大袈裟な…とおもいつつも、そのカレーの生みの親という地酒屋のご亭主(宮下雄治45歳)の発言が実に興味深いものだった。
食材、水、熱の関連を実に科学的に物語っている。「このオヤジ、ヤルナ!」会ってみたいと思った。
そして、インタビュー取材を申し込んだ。
「エリートじゃない私の話を聞きたい?いいですよ。でも、ビジネスマンの役に立つ話をできるかな」

「ここに店を構えたのは9年前。全国から選りすぐりの地酒を揃え地酒屋の看板を掲げて営業を始めたのに、最初の頃はその酒が売れなくて、考え込みました。そこで、数名の常連さんを誘って「富士山で吟醸酒を飲む会」を結成。苦肉の策です。せめてメンバーだけにでも地酒を味わってもらおうとしたんです。赤字覚悟で年数回はメンバーに呼び掛けているうちに、徐々に良さを分かってもらえるようになって、評判がクチコミで広がりました。会の名前から、富士山に登って酒を飲むなんて不謹慎だ!と真面目に怒る人もいますが、それはちょっと誤解です。もっとも、富士山で酒を飲むなんて酔狂な人間ばかりですが・・・。飲むと酔っ払う、酔っ払うと多少の汚いことは平気になるものです。で、ゴミを拾ったり、草取りをして下りる。すると、役に立つ!富士山に登りたい、という遠方からの参加者をサポートして、一緒に登ることもあります。
 そんな話をすると、お前いつ商売しているんだ、と思われかねないね(笑)。私はまず、人と交わることを大事にしたい。客商売だからって、じっと待ってるだけじゃお客さんは来てくれませんからね』

 日本酒好きの料理人だったことが地酒屋に繋がった。商売のために始めた「富士山で吟醸酒を飲む会」だが、現在では約100名のメンバーを集め、ライフワークに。年に数回の催しの通知はユニセフのカードを使用する。これも、世の中に役に立ちたいため。
 また、酒飲みにありがちな「お釣りはとっといてよ」から発生する所有者不在のカネ(宮下氏の表現)、これも世の中の役に立てることにした。

「例えばですよ、私が7,850円の請求をする。すると、中には10,000円で釣りはいらないって、お客さんがいます。私はこれが、気に入らない!材料費も人件費もその他諸々の経費、そして利益も考えた上で設定した請求金額に対して、どうしてそれ以上払おうとするのか。でしょ。店を始めたばかりの頃はお客さんを追いかけて、返そうとしましたよ。そうすると、今度はお客さんだって面白くないやね。お互い意地の張り合いになる」

 そこで、両者の折り合いをつけるために考えたのが、募金である。これまでに交通遺児支援募金をはじめ、奥尻島の地震災害や阪神大震災などの被災者に対して継続的に支援してきた。
 十分世の中の役に立っているのである。

糸力

「糸力」の名付け親はご亭主の母。家業の機屋では糸を紡いで布を織る。糸の力を信じて精進せよ、との意という。(山梨県富士吉田市下吉田589-3 TEL.0555-22-8032)

頑固者亭主を支える糸力の実力者(常連客の間では評判)純子夫人と。

純子夫人と

全国区になった「イトリキカレー」

「最初は売れなかった地酒も地域の人たちに徐々に浸透してきました.その背景にはバブル景気もあったんですよね。1杯(1合)1,500円や2,000円の酒が売れ、それに合わせて肴も高い素材のものほど売れました.富士吉田の地酒ブームを作ったのは自分だという自負もありました。この辺りは富士五湖というリゾート地を控えていますから、東京からのお客さんも多く、そうした方々に品揃えを褒めていただくと嬉しくてね。
 でも、ご存じのバブル崩壊です。小さな地酒屋でもその影響はかなりありましたよ。そこで、考えたのが昼の定食の充実です。甲府で営業していた頃、月に1回だけ限定200食で出していて好評だったカレーを連日登場させることにしました」

 宮下さんは修業時代からカレーに思い入れがあり、絶えず食べ歩き研究を重ねていた。甲府で営業していた頃、作るのに5日もかけたカレーは『幻のカレー』と評判になり、行列ができたという。コストパフォーマンスを考えれば、到底昼のメニューに採用は難しかったが、そこは持ち前の負けん気と研究熱心さ、試行錯誤で乗り越えた。 1、2年が過ぎ、富士吉田でも「糸力のカレー」は認知された。客が客を呼ぶことになった。雑誌や新聞の取材も増えた.自分で声を大にして語らなくても、「宮下雄治の仕事」が営業をしてくれたのである。
 昨年の春のこと、糸力の常連客が河口湖に釣りに来ていた糸井重里氏を伴ってあらわれた。それが縁で糸井氏はカレーを味わうことになる。

イトリキカレー全国ブランドになったレトルト「イトリキカレー」はココナツ、インド、ビーフの3種類。糸力ではランチタイムは700円で提供。当然のことながら、店で食べるカレーはレトルトではなく、宮下氏の手作り。 地酒100種
常時約100種類以上の全国の地酒を用意。左党ならずとも、名前は聞いたことがある銘酒が揃う。それぞれの酒の風味に合わせた肴も当然用意されている。
レシピ

自分の料理を記録することを怠らない。最初はメモ、数回の試作を経て完成。後にコンピュータにデータ入力。貴重な資料であり、財産だ。
Build Up POINT

このカレーはぜひ、レトルトにしようよ、と糸井さんにいわれたときは嬉しかったですよ。商売になるから、なんて全然考えませんでした。自分のカレーが認められたことがとにかく嬉しかった。糸井さんの企画推進力は凄くて、あれよあれよと話が進みました。企画会議に参加したり、レトルトの工場にも通った。これまでの自分の仕事とは違う多くの人と一緒にモノを作る難しさと面白さを堪能させてもらいました。商品名『イトリキカレー』ってのが、また嬉しいですよ」

 レトルトカレーは「おいしい仕事」だったか?上品とはいえない質問に−−−
「楽しませていただいたからおいしい仕事でしたよ。儲かったかって?税金払って、お終い(笑)。私が商売する上でいつも考えているのは『実をとるか、得をとるか』。その二者択一です。『実』とは有形のもの、つまりカネ。『徳』は人脈や信頼・信用といった無形の財産。両方とれればもちろんいいけど、そんなに甘くないもの」

 徳を積むことによって、周囲の人間まで豊かな気持ちになれるものだという。お坊さんの説法を聞いているような、穏やかな気分にさせられた。